屋内・地下街ユビキタス化研究開発

G空間事業

本プロジェクトは,総務省が公募を行ったG空間事業の採択事業として都市災害時の地下街等閉鎖空間における情報伝達の実証事業を行っています.

2014年度に実施された「G空間シティ構築事業」では,様々な最新の測位技術を組み合わせることで,建物内や地下街のような屋内空間における測位環境を構築しました.地震や津波が発生した際に施設管理者が被災現場の情報収集・伝達に活用可能な「BtoBアプリ」と,滞在者が平常時/非常時をシームレスに利用可能な「BtoCアプリ」を開発しました.また,大阪梅田地下街(通称:うめちか)で災害が起きたという想定で実証実験を行いました.

2015年度に実施された「G空間防災システムとLアラートの連携推進事業」では,2014年度に開発した防災システムの高度化を目的に,災害情報共有システム(Lアラート)連携,施設の雨量計,IPカメラ連携などの機能を追加したほか,アプリの改善と実証を行いました.

G空間シティ構築事業 採択事業 立命館大学

測位が難しい都市の地下空間で人を安全に避難させる防災システム | 立命館大学

屋内測位技術

G空間事業で利用したのが,これまで西尾研究室で研究・開発してきた屋内測位技術を組み合わせて開発された屋内測位エンジンです. 位置情報を取得する方法として,GPSを用いた位置推定手法が盛んに利用されていますが,建物内や地下街のような屋内空間においては,GPSの電波が受信できないためにGPSを利用することができないという問題点があります.

今回開発した屋内測位エンジンでは,西尾研究室でこれまでに研究された屋内測位の技術を組み合わせて高精度な屋内測位を行うことが可能となっています. 以下は用いた技術についてそれぞれ説明します.

Wi-Fi測位

Wi-Fiアクセスポイントの電波を利用することで,位置推定を行う手法が注目されており研究が進んでいます. Wi-Fiによる測位はすでに設置されているアクセスポイントが利用でき導入コストが低いこと, 加えて携帯キャリアのWi-Fiアクセスポイントなどが整備されてきていることから,ますます適用範囲が広がってきています.

Wi-Fi測位では事前に環境の電波を収集し,電波マップを作成する必要があります.一度作成した電波マップを使い続けた場合,Wi-Fiアクセスポイントの撤去や増設などが原因で測位精度が悪くなります.このため,定期的に更新を行う必要があり手間となっていました.そこで,ユーザが測位中に観測した電波環境を用いて測位に利用できる基地局の信頼性のリストを作成し,このリストを基にして自動的に電波マップを更新する研究を行っています.

関連卒論「Wi-Fi 測位と基地局情報更新の同時実施機構の開発(2015年度)」

PDR(Pedestrian Dead Reckoning)

PDRとは相対位置推定の技術であり,加速度センサとジャイロセンサで測位可能なことから,Wi-FiアクセスポイントやIMESなどの外部インフラを用いずに測位できる技術として,注目されています. センサを用いてセンサを保持しているユーザの歩数と歩幅,進行方向を算出することで,1歩ごとの相対的な測位を可能にしています.

また,PDRにおいて,壁や通路といった建築物構造情報を制約として利用することで,誤差を抑えてユーザの歩行軌跡を算出することを可能にする研究を行っています.

関連修論「歩行空間制約を活用したPDR軌跡の逐次推定(2014年度)」

関連研究報告「マップマッチングを用いたPDR軌跡補正,第44回研究報告ユビキタスコンピューティングシステム

気圧センサによる階層認識

最近出回っているスマートフォンには気圧センサが搭載されていることが増えてきました. 気圧センサは端末が現在居る地点での気圧を取得することが可能です. この気圧センサを利用し,ユーザの建物内での階層移動検知・移動階層数認識を行う研究を行っています.

関連修論「ライフログを用いた省電力行動認識手法(2013年度)」

関連論文「気圧センシング技術を用いた行動認識手法(情報処理学会論文誌,Vol. 56,No. 1,pp.60–272,jan 2015)

Cross-Assistive

西尾研究室ではこれらの屋内測位技術を組み合わせた測位手法「Cross-Assistive」を提案しています.本手法では,複数の測位手法を非排他的に動作させ,それぞれの測位手法が測位を行う過程で得られる情報を相互にやり取りすることで測位精度の向上を目指しています.

本手法を用いた研究の一つにPDRとWi-Fi測位が持つそれぞれの利点・欠点を相互的に補いつつ,高精度な屋内測位を可能にする研究があります.PDRは相対測位であるために測位開始時の緯度経度と方向が必要な上,長時間稼働させると誤差が蓄積していくという問題点があります.翻ってWi-Fi測位では測位環境や測位時の状況によって精度が大きく変わってしまい不安定であるという問題点があります.これらを解決するために,Wi-Fi測位はPDR開始時の初期位置と方向の算出と,累積誤差の補正を行い,PDRはWi-Fi測位の不安定な測位を改善を行うことによって,相互的に精度向上を図ることができます.

関連修論「PDRとWi-Fi測位の相互的精度向上手法(2014年度)」

また,GPSとPDR,それぞれの測位の誤差を補正しあうことで屋内外をシームレスに測位する研究も行っています.GPSは建物の近くでは測位精度が悪くなるという問題があり,PDRは長時間稼働させると誤差が蓄積していくという問題があります.そこでPDRの測位を行いつつ,GPSとPDRそれぞれの推定移動軌跡を比較し類似していた場合のみ,GPSの測位を信頼して現在位置と進行方向の更新を行う手法を提案しました.

関連卒論「シームレス測位のためのGPS信頼性判定の向上手法(2015年度)」,「GPS測位とPDR測位の適応的な切替え手法(2014年度)」

うめちかナビ関連研究開発

本プロジェクトは,大阪梅田地下街を実験の中心地として実世界指向システム「うめちかナビ」についての様々な研究を実施しています.

2016年6月より,「うめちかナビ」をiPhone,Androidアプリとして提供予定です.このアプリは,当研究室が開発した屋内測位エンジンを搭載します.Wi-FiやBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコン,PDRなどの技術を用いて測位し,現在地から目的地までのナビゲーションを行うことができます.バリアフリーナビ(車椅子の方を対象とした目的地までの階段・エスカレータを使わない経路でのナビゲーション)や,周辺のトイレを種類別で探すといった機能があるのが特徴です.

2012年には,対話型の歩行者向けナビゲーションシステムについての研究も行っていました.この研究では,ユーザがとった行動やユーザに見えているランドマークをシステムが対話的に確認することで,現在位置を推定し,ナビゲーションを行う手法を提案しました.

関連修論:「視認性確認対話ベースの歩行者ナビゲーションシステム(2012年度)」

関連卒論:「PDRを活用した地下街ナビゲーションの進捗適応機構(2012年度)」

また,2010年には,大阪梅田地下街全域でパノラマ写真の撮影を行ない,屋内のストリートビューの構築を行っていました.

この屋内ストリートビュープロジェクトは奈良先端科学技術大学院大学横矢研究室との共同研究であり,画像処理技術によってパノラマビューに写っている人をほぼ完全に消失させるというプライバシーに配慮したものになっています.西尾研究室は他の大学との共同研究も盛んに行われています.

Wi-Fiパケット・アノニマス人流解析システム

スマートフォンなどの端末から発せられるWi-Fiパケットをセンシングすることで,群衆や個人の移動といった,人の流れを解析するシステムです. 群衆の動きを把握することで災害時の避難誘導に用いたり,個人の移動を把握することで,人の「見守り」に利用するなど,都市計画,防災計画,商業活性化などに役立てることを目標としています.

本手法では,Wi-Fi端末がアクセスポイントを探索するために送信する管理パケット(Probe Request パケット)を,パケットセンサを用いて収集し,収集されたデータを解析することで人流センシングを実現してします.これによって,個人を識別した端末の移動軌跡(パーソントリップデータ)を獲得でき,かつ群衆の動きを高い分解能で認識できます.さらに,開発したパケットセンサは,安価な汎用機を用いて構築しており導入コストも低いというメリットがあります.

あるパケットセンサで同一端末から発せられるProbe Request パケットを5分以内に複数回観測した場合,その端末はパケットセンサ付近で滞在しているとみなせます. これにより,パケットセンサ付近でユーザの滞在時間の分布を算出することが可能になり,例えば,お昼時に食事をしているユーザなどを発見することができます.さらに,複数のパケットセンサに注目すると,パケットセンサ間の移動時間の分布を算出することができ,寄り道をして移動しているユーザなどを発見することができます. 実際に,大規模商業施設で収集したデータを解析すると,そのような統計情報を取得することができ,尤もらしさを確認することができました.

関連修論:「間欠的人流センシングにおける回遊状況推定(2015年度)」,「Wi-Fiパケット観測による人流解析システム(2014年度)」